癒守の地球

~いますべてが生まれ変わるとき。シリウス意識の光の地球へ~

刺身の気持ち。毛皮の気持ち。

「この間、お刺身と会話したんです。
美味しく食べてね♪って言ってました~ (*´▽`*)」
とノンモさん。

それで殺される魚と、殺されて刺身となった魚は、
別のエネルギーになることに気づいたのだそうです。

「生きている時の牛と魚のエネルギー、そして、
殺される牛や魚の苦しみや恐怖のエネルギーがあって、
それで、殺されてステーキや刺身となったら、
美味しく食べてね♪っていう思いのエネルギーに変わるんです。
殺される時の意識にフォーカスしているから、
ステーキや刺身を見て、かわいそうだと思ってしまうんですけど・・・。
死んでもなお、一部一部が生きていると感じるんです」
と、ノンモさん。

先日の記事『繊維一本の思い』に書いたように、

雄大な大自然で育った木は、
伐採されてトイレットペーパーになり、
何千年もかけて成長した岩は、
削られて人口タイルになって、

「人間がそうしたかったから。
だからそうなった。
(私を)使ってくれて嬉しい」


という物質の思いというか、無条件の愛を感じたのですが、
ノンモさんの感じたのも、それに近いのかもしれません。
その刺身の気持ちが良く理解できます。

これもまた地球語なんでしょうか?

「八多さんが感じる物からの思いは、
地球語を通り越しちゃって、ワンネスに近いですよ。
地球語は動植物が話すものですから」

あぁ、そう言われてみれば、
動植物は、

「おはよ~!(*´▽`*)」
「お日様あったかーい(*´▽`*)」
「ごはんごはん!(*^▽^*)」


って感じの、何も考えていないけど、
とても平和で繊細な愛の世界の言葉を話している印象で、
ともかく圧倒的な「愛」を感じたのですが、

物からは、自己犠牲とも呼べるような献身的な無条件の愛を感じて、
ただもう感謝、感謝、感謝(涙)なんですよね。
似ているけれど、確かにちょっと違うかも・・・。


きつね


「自然の中に生まれ、そして自然に死を迎えることも、
人間に搾取されて人工的に加工されることにも、
物は”役に立つ”という生まれて来た意味を感じて、
喜びを持つんですね。

例えばキツネが自然の中で死を迎えて、
肉体が朽ちて土に戻れば、土やバクテリアの役に立つし、
熊に殺されて食べられたら、熊の役に立ち、
毛皮のために人間に殺されて、毛皮となったら、
毛皮として役に立てることに喜びを感じるんです」
と、ノンモさん。

こういった物や動植物の思いに触れるたび、
ネイティブアメリカンや、昔の日本人を思い出します。
ほんの数百年前までは多くの人間が、
この思いを感じ取っていたんだなぁと思うのです。

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Category : 地球語
Posted by 八多 恵子(ハタ エコ) on  | 4 comments  0 trackback

4 Comments

もちもち says..."こんにちは~!"
エネルギーが変わるのですね、凄いなあ。

植物達かわいいですね(*´▽`*)

読んでいて地球語との違いが何となくですけど少し理解出来たように感じます(八多さんの文章は凄いなあ)

あったかいポコ~。
2016.02.26 12:31 | URL | #- [edit]
ちびこ says...""
全ては大いなる自然の摂理のなかで起こることだと思えるからこそ、
日本では災害があっても、淡々とそれを受け入れられるのかもしれませんね。

日本にいると、あまりにもそれが当然のことのように思えるけれど
東日本大震災の時の海外からの反応を見ると、日本でのこのような
受け止め方は少数派なのでしょうか。

2016.02.26 13:36 | URL | #- [edit]
みぃ says..."すごいですね。"
お刺身や毛皮は、そんな風にエネルギー(思い)が変わるんですね。
驚きました。
頂いたり使わせていただく時に、そのエネルギーを受け止めて感謝しなくては…と思いました。
日本は外国より多いかもしれませんが…
人だけでなく動植物に尊厳を持つ人、その事に氣づく人が増えてほしいです!
2016.02.27 12:18 | URL | #- [edit]
mumi says...""
物も動植物も自分の存在に疑問を持つことが無い、完全なる自己肯定なのかなと思いました。
微塵も疑問に思わないって、天を信じるとか信じないとかそれすらも超越している気がします。
愛そのもので「在る」それ一点のみですよね。
2016.03.02 14:08 | URL | #- [edit]

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